徹夜で騒いでアルコールもかなり入ってたけど、とにかく焦ってたんだ。
新橋駅の改札で始発電車を待つ間、名残惜しそうに雑談している仲間たち。
さっきまでのボクならその輪の中で心地よく軽口でも叩いているところだけど、今はちょっとそんな気分になれない。
カバンの口を押さえるのに必死で。
ああ、早く一人になりたいよ。
始発電車が動き出してやっと解散。たのむ、あともう少しもってくれ。まだ帰る方向が同じヤツがいるんだ。
あー、もう早くしてくれよ山手線。今のボクは電車の中で昨夜の宴会芸でやった風船のプードル作られても笑えないんだ。
やっとついた乗り換え駅。
ボクは別れの挨拶もそこそこに電車から飛び降りた。
で、降りた瞬間出ちゃった。声が。
「ああっ!」
プシュー。
閉じた電車のドアの向こうには怪訝な顔。風船プードルの足がびよんってほどけたけど、ぽかんと空いた口は塞がらない。
そのまま電車は出発。グッバイ山手線。さよならびよん。さらばぽかん。
でも今の声はボクじゃない。ボクのカバンの中からだ。もっと正確に言うと、カバンの中の袋からだ。
もっと正確に言ってもやっぱり袋からだ。中身じゃあない。
袋が喋ってる。
その割にボクは冷静だ。
そうなんだ、ボクはこいつらを知ってるんだ。
袋は苦悶の声を上げている。
どうもさっきまで降っていた小雨に当たったらしい。こいつらは水に弱いんだ。紙だから。
「君、福袋星人だろ」
「な、なぜそれを」
息も絶え絶えな福袋星人のカドが一つくしゃっと潰れた。驚きを表現しているみたいだ。
「君をボクにくれた人物を考えれば、想像はつくよ。びっくりしたけどさ」
勝浦氏とは昨日の夜から続いた飲み会の1次会で会った。そこでこの紙袋(いや、福袋)をもらったんだ。
勝浦氏はこの異星人と初めて接触した人物にして、福袋星人研究の第一人者だ。
自宅を福袋星人たちのホームステイ先として解放していることでも有名だ。
有名って言っても、福袋星人自体を知ってる人はまだごく限られている。ボクはたまたま彼の論文を読む機会があったけど、普通の人はまず知らないだろう。
福袋が動いて喋るなんて。
「大丈夫?」
「はあ、なんとか。ドライヤー持ってません?」
「持ってるわけないじゃん。もうすぐ家に着くから、それまで我慢してて」
「善処します」
途中何度か福袋星人がうめき声を上げたからボクはヒヤヒヤしたんだけど、始発間もない電車では誰も気がつかないみたいだった。
家についたボクは、福袋星人をマイナスイオンが出るドライヤーで乾かしてやった。ホントはすぐにでもベッドに潜り込みたかった(だって徹夜明けだぜ?)けど、マイナスイオンを浴びて気持ちよさそうに持ち手をぴこぴこさせている福袋星人を見てると、まあ、いいかとも思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
携帯のバイブレーションで目覚めたボクは頭と体が痛かった。
頭は二日酔いで、体は床で寝たからだろう。いつの間にか眠ってたみたいだ。
いやいやいや、そんなことより福袋星人はどこに行ったんだ?もしかしてあれは夢?
でも、今朝の出来事が夢じゃないことは、床に転がってるドライヤー(コードは本体に丁寧に巻かれている)と、ボクに掛けられていた毛布が物語ってる。
ボクは福袋星人を探して部屋を見渡すと、台所で器用に持ち手を使って雑巾がけをしている福袋星人を見つけた。
「なにしてるの?」
「あっ、おはようございます。雑巾がけです」
ボクはなんで雑巾がけなんてしているのかを聞いたんだけど、福袋星人はそうバカ正直に答えて雑巾がけを続行した。
多分恩返しのつもりなんだろうな。紙のクセになかなか義理堅い奴だ。
福袋星人を見つけてこれが現実だということが確定すると、さっきボクを叩き起こしたメールの内容を確認した。
メールは勝浦氏からだった。
「こんにち魚!
私の渡した紙袋の秘密にはもう気がついたかな?
そう、その袋は福袋星人だ。
私のライフワークでもある長年の福袋星人研究は今、新たな局面を迎えようとしている。そこで、そろそろ福袋星人たちを実社会に出してみようと思う。そのテストケースとして君との同居が選ばれたのだ。
その福袋星人はとても優秀な福袋星人だ。仲良くしてくれたまえ。健闘を祈る」
ボクは勝浦氏に抗議のメール(大長編)をしたためたんだけど、メールの送信もとが偽造されていて送信できなかった。くそ。
こうしてボクと福袋星人の暮らしが始ったんだ。
福袋だということに目を瞑れば、福袋星人はいい同居人だった。
苦手な水仕事にもめげずに家事全般をこなしたし、特に包み焼きは絶品。これをつつきながら飲むワインは、ちょっと誰かに自慢したくなる(もちろん誰にも言えないけど)ほど美味しい。
そして何より映画に詳しかった(名作ディレイドスノウについてボク以上に語れるヤツを初めて見た)。
往年の名画はもちろん、現代映画までジャンルを問わず精通していて、ボクはその批評まじりの解説とも感想ともつかない話を、一言ごとに相槌を打ちながら聞くのが好きだった。
ボクらは、まだ誰も歩いていない夜明け前に散歩に出かけるのが日課になった。
雨の日は大きめの傘をさして、福袋星人を懐に入れて散歩した。
散歩の間、映画の話をしたり、福袋星の話を聞いたりした。
ボクが気まぐれにホームシックにならないかと聞いたら、少しの沈黙の後に、自分で決めたことだから、大丈夫だと言った。それを聞いたボクはつい、君は大丈夫でも、君に会いたいと思ってる人は大丈夫なのかな。と、言ってしまった。福袋星人は今度は随分長い間沈黙していた。
散歩コースには、イチョウの木があって、ボクらは銀杏をたくさん拾った。拾った銀杏は福袋星人がとてもうまい茶碗蒸しにしてくれた。本当にうまい。福袋星人はダシに秘密があるのだと得意気だった。
あんなにあったイチョウの落ち葉もすっかりどこかへ消えてしまい、吐く息が白くなってもボクらの散歩は続いた。
「なぜ、息を白く吐いているのですか?」
「白い息を吐いてるんじゃなくて、寒さで息が白くなるんだよ。地球人の息は温かいから」
「私の息は白くならないですね。きっと、息が冷たいのでしょうね」
ボクはコートのボタンをはずし、福袋星人を懐にしまう。
「晴れているのになぜ懐に入れるのですか?」
「まあ、いいから、いいから」
ボクはそのまま少し歩いて、福袋星人が暖まった頃にこう言った。
「外に向かって息を吐いてごらん」
「こうですか?」
はぁー
白く吐き出された息に驚いて、福袋星人はカドをくしゃっとさせた。
ボクはそれを見て、ふいにあとどのくらいこの生活を続けらるのだろうとということを考えた。
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